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阿片を必要とする社会 [書籍と雑誌]

ふと思いついて、情況出版から出ている『宗教を読む』所収の「阿片を必要とする社会」を読む。
田川建三さんの文章で、『情況』の1993年1・2月号に掲載されたものだそうだ。
副題に「宗教の生命力と現代」と付いている。

「宗教は阿片である」

この言葉はマルクスの専売特許ではなくて、ヘーゲル左派の流行語のようになっていたのだという。
この比喩も、今ではその意味がわかりにくくなっている。

19世紀前半には、阿片が麻酔剤として用いられていた。
麻酔剤と麻薬がまだ未分化だったのである。
麻酔剤としての宗教は、この世に生きることの精神的痛みをしばし忘れさせてくれる。

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ただし、ヘスがはっきり指摘しているように、これを真の霊薬だと思ってしまったとたんに、自分(たち)の状態が癒されなければならぬ病気の状態であるという現実を見誤ることになる。そして、そのように見誤った時には、もはや、自分(たち)の状態を癒そうと努力しないから、あるいはもっとしばしば、これを癒そうとするというこはすなわちかの阿片を霊薬だとは信じないことなので、従って、霊薬を汚されたと腹を立て、これを癒そうとする人々の努力を妨害することになる。そこまで行かずとも、少なくとも、これを癒そうとする人々の努力を冷笑し、自分自身についてはむろんそういう努力をしない。
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フォイエルバッハの宗教批判とマルクスの宗教批判に関しては、歴史のおさらいである。
その後の、「宗教は阿片」がどう誤解されたかが、おもしろい。
「イスラム・ファンダメンタリズム(原理主義)」などという言葉が、西洋人のアラブ人に対する偏見から生まれたという説明も、実に説得力がある。

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いったんその社会を支配する宗教となれば、もはや、「阿片」などという程度のことではすまない。それは、さまざまな仕方で、巨大な権力、支配力となる。
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93年の段階では、田川さんは日本の事情を楽観視している。

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日本は、幸か不幸か、それほど宗教支配の強くない社会だから、そういうものは、非宗教的な雑誌や暴力団と結びついた右翼などという形態で、今のところ(アメリカのファンダメンタリズムと比べれば)比較的小さな動きとして現象しているだけである。
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これは急激に変化しつつある。
私は国家神道の信者ではない。
だから靖国神社など、たかが近代日本で国家が主導したカルト宗教にすぎないのだと思っている。
だが、これからアメリカのように「社会に存在する政治的保守性、生活上の因習、それらを盾にとっていやらしく人々に圧力をかけようとする力などが、伝統的支配宗教の姿を取って登場」してくる危険性を強く感じている。

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まだまだ地球上の多くの国で、無茶苦茶な独裁支配、軍事支配が行なわれ、極端な貧富の差があらゆるところで目につき、それを生み出す経済的搾取はますます強化され、それに伴っていわゆる富める国でもあらゆる腐敗と抑圧とが横行する。これが何で「理性」なんだ? これが何で「進歩」なんだ? 冗談も休み休み言ってもらおうか。そういう中で、一方で、それらの抑圧や腐敗を後押しする形で宗教的右翼の運動が形成され、他方で、数多くの仕方で阿片としての宗教が必要になる。後者については我々は、同情をもって見守り、いずれ阿片を必要としない社会を来たらせようと努力する以外にない。前者に対しては、その本性をあばき、その勢力が拡大するのを押さえねばならぬ。
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Googleで「靖国解体」と検索すると、おそろしく水準の低い靖国擁護論がトップにヒットした。
A級戦犯合祀を是として、侵略戦争を「正義の戦争」と言いくるめたい連中の声が大きいようだ。
極東国際軍事裁判など認めなくないそうだ。

然り。
日本国民は自らの手で戦争責任を明らかにし、戦争犯罪人を裁くことがなかった。
大いに悔やむべきである。

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